平成30年度補助事業成果<総合>報告書

平成28年度〜30年度補助事業成果報告書

事業名: 医療研究開発推進事業費 障害者対策総合研究開発事業(感覚器障害分野)
研究開発課題名: 発達性吃音の最新治療法の開発と実践に基づいたガイドライン作成
研究代表者 : 国立障害者リハビリテーションセンター 自立支援局・局長 森 浩一
全研究開発実施期間: 平成28年4月1日 〜 平成31年3月31日

研究開発全体の概要

 1. 研究開発全体の背景、目標(研究開始時)

 発達性吃音は発達障害の1つであり、遺伝を主要因として、主に幼児期に発症する。発症率は近年、8%から11.2%程度という報告がある。幼児吃音の7~8割は学童前期までに治癒・軽快するとされているが、回復しない場合は、世界的に見ても学齢期から青年期の治療は困難とされ、成人期まで遷延することが多い。
 幼児期は治療が奏功しやすいので、この時期に対応を開始するのが望ましい。しかし、幼児期は自然治癒率が高いために、放置されることが多い。介入開始のタイミングと方法の選択には、罹患率と自然経過、治療に必要な期間と治癒率等の変数が複雑に関わってくる。これらの基礎データが我が国では存在しないため、幼児期の吃音をどのように扱うのが良いのか、コンセンサスが得られていない。本研究提案の第1の目的は、介入の対象と時期を的確に判断できる手順(ガイドライン)を決定することであり、そのためには幼児期の吃音の疫学調査と介入研究が必要である。
 介入には、環境調整法、直接的に発話に働きかける方法、子供の各種能力の発達に応じて不可を調整する方法 (Demands & Capacities Model, DCM) 、オペラント学習による方法 (Lidcombe Program, LP) がある。幼児吃音に対するオランダの大規模介入研究では、治療開始1年半後にはDCMとLP共に約7割の治癒率があり、環境調整などの共通要因も重要であると指摘されている。
 学齢期以降では吃音児の約半数がからかいやいじめの対象になり、症状の悪化・心理面の進展を示す症例も多い。青年期以降では、十分な自己実現が妨げられ、福祉雇用を望む成人も増えつつあり、社会にとっても損失である。近年は、発話訓練のみではなく、心理面も含めた包括的治療が行われるようになり、その一部として認知行動療法(CBT)が採用されている。本研究の第2の目的は、青年期以降の複雑化・重症化した吃音に対して、認知行動療法を中心とした新しい治療法を開発し、自然で流張な発話を短期間で可能にすることである。
 

 2. 研究開発全体の方法(研究開始時)

(1)幼児吃音
  1. 質問紙や面接にて、3歳児健診の1,000名を調査し、吃音の有症率・累積発症率などを算出する。
  2. 600名(以上)をコホートとして2年間追跡し、3歳~5歳における累積罹患率を算出する。
  3. 保護者向けのパンフレットを作成し、感想を求め、改良を行う。参加者からの質問や問い合わせに基づき、吃音の最新情報も含めた、支援者向けのガイドブックを作成する。
  4. 国内外の知見から、幼児吃音の介入開始条件についてまとめ、暫定ガイドラインを作成する。
  5. 暫定ガイドラインを元に介入を開始する。
  6. 他の障害の合併がある場合、治療効果への影響の程度を評価し、治療ガイドラインに反映させる。
  7. 調査時に発見された子供と、研究分担者が所属する機関に吃音を主訴に訪れた幼児に対し、環境調整法、Lidcombe Program (LP)、Demands and Capacities Modelに基づいた介入(DCM) などの介入試験を行う。作成するガイドラインが多くの吃音児をカバーできるよう、先行研究のエビデンスや臨床実践の知見を取り入れながら、他の問題を併せ持つ症例への対応も含めてまとめる。
  8. 追跡調査や実際の介入の結果を踏まえ、暫定ガイドラインを改定し、最終版を作成する。
(2)青年期以降の吃音への介入
  • 過去にCBTを使って介入した症例をレビューし、介入プログラム(アジェンダ)を作成する。
  • グループまたは個人別に介入を行う。治療目標はコミュニケーションの改善に置く。
  • 介入効果の評価には、吃音検査、問診、心理・行動を把握するための各種の問診票を用いる。
 

 3. 研究開発全体の成果

※ ここに掲載しているのは、平成30年度末の報告時点での暫定的な結果と解析です。最終データの分析結果は論文として公表されます。
(1)幼児吃音への早期介入システムの開発
1) 幼児吃音の疫学調査研究
 初年度は各地域の調査場所の開拓から始め、早く準備の整った福岡、金沢、つくば、相模原の順に3歳児健診ないし3歳6か月児健診にて吃音の有無に関する調査を開始した。収集データ数は、福岡210、金沢396、つくば361、相模原755の計1,722となり、記入不備等のない分析使用可能データは1,691となった。研究計画時は初回調査にて1,000名のデータ収集を目標としていたが、その後、疫学専門家の須藤大輔氏(研究協力者)よりコホート調査の脱落者を見込んだリクルートを助言され、また、AMEDのサイトビジットでデータを増やすよう指示され、2,000名を目標に、第2年度も3歳児健診での調査を継続した。新たな調査地を徳島とし、担当の医師(宇高二良氏)と言語聴覚士(竹山孝明氏)を研究協力者に加え、1年で330名(使用可能数)のデータを得て、合計2,021名となり、当初計画の倍に更新された目標を達成した。
 初回調査実施時以降、4ヶ月に1回の追跡調査を実施し、吃音の新たな出現、吃音の継続・消失などの変化を追跡中である。調査人数の増加にも関わらず、第3年度においては研究費が開始当初予算の10%減となったため、調査を2回のみに変更した。調査の回答で吃音が疑われる症例については、より詳細な調査を郵送・メールで実施し、吃音の有無の判定を慎重に行なった。追跡・詳細調査への回答がない者や、書面の詳細調査でも吃音の有無の判定が難しい症例は、電話調査を実施した。コホート維持のため、希望者に対し、子供の発達や吃音についての一般向け知識を掲載したメールマガジン(郵送を含む)を毎月配信した。
 第1年度に調査を開始した4地域の1,691名における3歳台の吃音の有症率は5.4%、健診時までの後方視的データ(保護者の記憶の回答を含む)による累積発症率は9.2%となった。これらの結果は、日本での数少ない疫学データである学齢期の吃音の有症率0.98%(小沢, 1960)や、3歳児健診における有症率1.41%とは大きく異なった。しかし、研究対象や方法が同様の海外における近年の研究にて報告されている3歳児の吃音の有症率4.99%(Månsoon, 2000)や、累積有症率8.5%(Reilly et al., 2009)とはかなり近い値であり、言語や文化にあまり依存しない共通した吃音の発症要因が存在する可能性を示唆する結果となった。第2年度のデータを追加した結果は、現在算出中である。
 3歳ないし3歳6か月児健診における吃音の有無と、それに関わる要因について、ロジスティック回帰分析を行った。先行研究では子供の言語発達、吃音の家族歴、家族の社会経済状況、親の教育歴などが関連要因として報告されているが、本研究では吃音の家族要因のみが吃音の有無を予測する要因として有意であった(相対危険率OR = 2.80 [95%信頼区間CI:1.54 - 5.09], p = 0.001)。
 1年目にデータを収集した1,691名のうち、追跡調査の参加に同意したのは1,667名であった。約1年間の追跡調査では、有効回答数が1,382(回収率83%)となり、4歳台までの累積発症率は10.6%となった。この4歳台までの累積発症率は、3歳台までの数値と同様、近年の海外で報告された11.2% (Reilly et al., 2013) に近く、3歳から4歳における新たな吃音の出現頻度も言語や文化に依存しないことを示唆する結果である。また、3歳の初回調査時に吃音があると判定され、かつ追跡調査に参加した74名のうち、1年後に吃音が消失していた者は41名であった(回復率55.4%)。先行研究では、3歳時に吃音があった子の74.1%が5歳時には吃音から回復したこと(Månsoon, 2000)や、発吃からの回復率が1年後には31%, 2年後には63%であること(Yairi and Ambrose, 2005)が報告されているため、2年後の吃音の有無の評価と、発吃からの時間経過と回復率の関係を算出し、国際データとの比較をする予定である。さらに、第2年度に初回調査を実施した330名のデータと、その追跡調査データ(追跡1回目で232名のデータを収集、回収率70.3%)を加えた有症率、累積罹患率、回復率も算出した上で、介入ガイドラインの介入開始タイミング等について検討を行う。
 なお、吃音の可能性がある症例には説明リーフレットを、また吃音と判定され、保護者の心配が認められるケースには、より詳しい情報を掲載したパンフレットを作成し送付した。第3年度に入り、一部の症例については、希望により、第1年度に作成した暫定ガイドラインに従って介入対応をしている。
 毎月1回メールマガジンは。現在25回分の配信を終えた。読者の感想も内容に反映させているが、全体に対する評価を得るため、アンケート調査を開始した。
2) 幼児吃音の介入効果研究
 初年度は、研究開発分担者および研究開発協力者がリッカム・プログラム(LP)を実施するにあたって、LPの正規講習の受講を進めるとともに、各研究協力機関にて倫理審査の受審を進めた。また、先行して倫理審査を受審した国立障害者リハビリテーションセンターで介入を開始し、7名の協力者を得た。さらに、能力-要求モデル(DCM)による介入を行う研究開発分担者および研究開発協力者向けの講習会を企画し、実施した。
 昨年度は国立障害者リハビリテーションセンターでの介入を継続し、施設の目標であった30名の協力者数を達成した。また、並行して他の分担研究協力機関でも介入を開始、継続し、年度末までに11名の協力者を得た(合計41名)。
 今年度は、年度当初に国立障害者リハビリテーションセンターにて介入を終えた協力児のデータについて予備的な検討を行い、(1) LPとDCMによる介入は双方有効であり、両アプローチに差があるとはいえないこと、(2)各アプローチで改善を示した幼児の初診時の特徴には違いがあることの2点が示された。また、この結果については7月開催された吃音・クラタリング世界合同会議にて報告した。なお、2018年11月の時点で協力者は53名となっており、今年度末までに全協力児のデータをもとに介入効果研究の最終的な報告を取りまとめる予定である。協力者数が当初の目標の80名よりも下回った点については、研究協力機関や地域によって週1回通うことが難しい保護者が多かったことによると考えられる。この点は今後、ガイドラインを作成する上で考慮していく必要がある。
3) 幼児吃音支援の暫定ガイドライン作成
 初年度は、幼児吃音の介入効果研究の系統的レビューを行うとともに、自然治癒に関する研究や介入に要する期間に関する研究のレビューも行った。それとともに、研究開発分担者が過去に臨床を行ったケースについてカルテレビューも実施した。これらの知見をもとに、幼児吃音支援の暫定ガイドラインを作成し、昨年7月に開催された第6回日本小児診療多職種研究会にて報告した。昨年度は、各研究協力機関において臨床業務を行う中で、この暫定ガイドラインの妥当性についての検討を継続した。
 今年度は、吃音との合併例に対応に関する調査を実施し、この調査の結果と、本研究開発課題で進めている幼児介入効果研究の成果を踏まえ、暫定ガイドラインに修正を加える予定である。
 
(2) 青年期以降の吃音への支援介入技術の開発
 個人訓練については、通常診療で有効率の高い技法をグループ訓練に組入れた。初年度にグループ介入のための倫理申請、暫定介入プロトコールを作成後、第4四半期からグループ訓練を開始した。参加者の反応や個別診療の成果を参考に、随時プログラムの改善を図った。第3年度第2四半期までに9グループ42名の参加があった。31名(70%)が全5回の訓練を完遂し、3名が体調不良により1回のみ欠席した。連絡なくドロップアウトが5名、非吃音が1名、他院の訓練を継続するため中断が1名、病気による中断が1名あった。今年度中に目標の50名まで訓練を実施する予定である。
 訓練前後で吃音検査法及び5分間スピーチによる吃音中核症状頻度(吃頻度)を算出できた31名のデータを分析した。吃音検査法で単語音読、文音読、単語呼称の吃頻度が有意に低下し、絵の説明の低下は有意傾向であった。5分間スピーチでは吃頻度は平均で半分未満になった(p<0.01)。心理態度面を測る質問紙調査は訓練中5回に加えて、終了1週間後、1カ月後、3カ月後、6カ月後にも郵送で行った。11月現在でフォローアップ期間終了者は28名で、全9回の調査を完遂した者は10名(35.7%)であった。この10名の質問紙データを暫定的に分析したところ、吃音者のQOLの指標となるOASESのスコアが訓練開始前と比べ、有意な改善(p<0.05)を6カ月間維持していた。
 吃音のある中学生・高校生(中高生)の実態調査研究については、初年度第3四半期に倫理委員会の承認を受けたのち、調査書の作成と予備調査を行い本調査の準備を行った。またICFに基づく吃音のある中高生用の質問紙であるOASES-T(中高校生用)とOASES-S(学童用)の日本語版試案を作成した。その後、これらと調査書、その他の質問紙を用いて第2年度第4四半期から本調査を開始した。2017年度に当院耳鼻科に吃音を主訴に受診し、調査に協力が得られた者9名(受診群)と、幼児期にのみ評価・訓練を当院で受けたことがあり、2017年3月の調査時に中高生となっており、調査に協力が得られた者9名(調査群)を対象とした。後者は当院のデータベースを基に、対象者100名に調査依頼し、調査協力が得られた12名(回収率12%)のうち、記入の不備や対象外となるものを除いた9名である。質問紙とアンケートの結果から治療希望は受診群が全例「ある」に対し、調査群は「ない」が半数だったが、親の勧めやいつかはという者は3名いた。受診群が吃音を「とても気にしている」のに対し、調査群は「あまり気にしていない」が多かった。困難場面は両群ともに授業と電話であった。治療ニーズが高かった受診群は発話への注目と意図的操作が強く、吃音への感情的反応が強い状態にあった。
 
(3)自閉症スペクトラム障害、AD/HD、うつ等合併症対策
 平成28年度は、成人吃音外来を2014年1月から2017年3月までに受診した症例の診療録による後方視的調査を行い、精神科や心療内科の受診歴が28.5%という暫定結果だった。精神科的合併障害を疑われた例については随時対応し、評価・診断および必要な例には精神科的治療も併用した。
 成人吃音患者188人を主な合併症で4群に分けて検討した。社交不安障害の尺度であるLSAS-JはASD合併群のみが有意に高得点だったが、吃音群はカットオフ値以上の人が約45%、うつ病のスクリーニングであるPHQ-9のカットオフ以上となる人は20%以上と高い割合で存在した。
 最終年度は成人吃音外来を受診した患者について後方視的に介入の効果を調査した。診療録の後方視的調査にて、訓練の方法、合併症の有無、受療回数等を検討した。237人のデータを得ることができ、現在解析中である。
 成人グループ訓練(5回のセッション)で、LSAS-JとPHQ-9は有意に低下した。ただし、重度の症例はグループ訓練に参加しなかった可能性があるので、個別の訓練対応が不要とはならない。早口言語症(クラタリング)が成人吃音に合併する割合は少なくとも2〜3割あり、対応が必須と考えられた。
 幼児期は発達心理学的観点から合併症の確定診断が容易ではないため、文献レビューとカルテレビューを通して、臨床所見から合併症対策の要件を検討した。この調査に基づき、合併例の臨床経験を有する専門家を対象に、インテーク対応、スクリーニングおよび診断的治療の手順・方法、治療介入の計画立案条件、治療成果の検証といった臨床対応に関するアンケート調査を行い、ガイドラインに組み込む。
 

4. 研究開発全体の将来展望

 本研究の幼児の疫学研究は、今後の日本の幼児吃音の臨床においての基礎データとなるものであり、吃音対応の政策立案にも参照されるべきものである。残念ながら、自然治癒がほぼなくなるまでの長期観察はできないが、幼児吃音が以前の研究よりはるかに多く、十分な人的資源の割当ての必要性が認められた。
 吃音診療ガイドラインは本研究によって1次案が作成できることになる。今後、外部専門家の意見とパブリックコメントを得て修正し、臨床現場で使用した効果判定が必要となる。吃音臨床は少数専門家以外には対応できない状態があるが、ガイドラインを活用することで、改善するはずである。
 成人の吃音は治療が困難であるが、CBTを応用することでわずか5回のグループセッションで有意な改善が認められる方法を開発した。マニュアルを公開し、講習会を開くなどで普及させれば、吃音がある成人の自己実現が容易になり、また、吃音の臨床への専門家の参入障壁を下げることにもつながると思われる。